マンション管理組合の属人化は、本当に悪いことなのか

最近、さまざまな業界で「属人化を防ぐ」「業務を仕組み化する」という言葉をよく耳にします。

特定の人に仕事が集中しないようにする。担当者が変わっても同じ品質を保てるようにする。誰が担当しても、同じ成果を出せるようにする。

会社組織であれば、こうした考え方には十分な合理性があります。

ところが、マンションの管理組合でも同じことが言えるのでしょうか。

管理組合は、会社のように上司が部下へ指示を出す組織ではありません。区分所有者が集まり、共同の財産について話し合い、必要なことを決めていく団体です。

それぞれの組合員には生活も仕事もあり、管理組合に対する関心も異なります。

そのような組織で、誰が理事長になっても同じように運営できる仕組みをつくる。

確かに理想的な話です。

しかし、長くマンション管理に携わっていると、別の疑問も生まれます。

そもそも管理組合は、誰が運営しても同じ成果を出す必要があるのでしょうか。

1.管理会社に改善を求め続けた理事長

ある管理組合に、比較的若く、熱心に管理組合運営に取り組んでいる理事長がいました。

この理事長は、管理会社に対して、さまざまな改善を求めていました。

例えば、会計処理を発生主義にしてほしいという要望です。

発生主義とは、単にお金が入った日や支払った日だけで収支を捉えるのではなく、収入や費用が発生した時期に基づいて会計処理を行う考え方です。

例えば、3月に工事が完了し、4月に代金を支払う場合、3月の時点で費用と未払金を記録することなどが考えられます。

管理組合の財産や収支を正確に把握するためには、重要な考え方です。

また、管理会社が支払いを実行する前には、管理組合側で内容を確認したうえで、承認する手続きも求めていました。

さらに、設備の修繕や更新について、メーカーやメンテナンス会社の説明を伝えるだけではなく、管理組合の立場から必要性や代替案を検討し、助言してほしいという要望もありました。

これらは、その理事長が、単に細かなことにこだわっていたという話ではありません。

管理組合のお金が適切に管理されているか。必要な確認を経て支払われているか。設備に関する判断材料が管理組合に十分提供されているか。

いずれも、管理組合にとって重要な問題です。

ただし、ここには区別すべきこともあります。

発生主義による会計処理が望ましいからといって、従来の会計処理が直ちに法令違反になるわけではありません。

支払承認の方法も、すべての支払いをその都度承認するのか、定例的な支払いはあらかじめ承認しておくのかによって、実務負担は変わります。

設備についても、管理会社がどこまで調査や比較検討を行うのかは、契約内容や追加業務の範囲にかかわる部分です。

したがって、理事長の問題意識が合理的だからといって、要求する方法がすべてそのまま実施できるとは限りません。

しかし、管理会社には、少なくとも要望の趣旨を理解し、実施できることとできないこと、その理由を説明する姿勢は必要だと思います。

2.管理会社との関係が悪化し、KTCが関わることになった

この管理組合に、KTCは当初、理事長をサポートする立場で関わっていました。

その過程で、管理会社の対応について確認する機会がありました。

私たちが問題だと感じたのは、理事長の要求が多いことではありません。

説明に誤りがあっても、それを認めて訂正することなく、そのまま物事を進めようとする対応が繰り返されていたことです。

それが担当者個人の姿勢なのか、会社全体の方針なのかは分かりません。

しかし、少なくとも、管理組合に対する説明や対応には、誠実さを欠く部分が多くあると感じました。

管理会社側にも事情はあるでしょう。

管理委託契約には業務範囲があり、管理組合からの要望すべてに無条件で対応できるわけではありません。業務の追加には費用が必要になることもあります。

しかし、対応できないのであれば、その理由は説明する必要があります。

誤りがあったのであれば、訂正する必要もあります。

管理会社と理事長の意見が違うことは、管理組合運営の問題ではありません。

問題は、意見が違ったときに、双方が納得できる判断材料を示せるかどうかです。

その後、この管理組合では管理会社が変更され、結果としてKTCが管理業務を受託することになりました。

もちろん、管理会社が変更されたからといって、それまでの理事長の要求がすべて正しかったとか、変更後にすべての問題が解消したということではありません。

私たち自身も、新たな管理会社として同じ評価を受ける立場になったわけです。

そして、この事例を振り返ると、前管理会社の対応とは別に、もう一つ考えさせられることがあります。

それは、理事長と他の組合員との関係です。

3.他の組合員は、理事長の考えをどこまで理解していたのか

この管理組合では、他の役員や組合員が理事長の進め方に反対していたわけではありません。

むしろ、全体としては理事長の方針に同意する方向でした。

ただし、会計処理や支払手続き、管理会社との交渉内容について、すべての組合員が詳細まで理解していたわけでもありません。

同じ区分所有者である理事長が、自分たちのために取り組んでくれている。

多少分からない部分はあっても、きっと管理組合のためになることなのだろう。

そのような考えから、理事長の進め方には大きな異議を唱えず、流れを受け入れていたように見えました。

これを、管理組合運営として問題があると考えるべきでしょうか。

確かに、議案の内容を十分に理解しないまま賛成することには危険があります。

また、異議が出なかった理由も、本当に理事長を信頼していたからなのか、詳しいことが分からず判断を任せていたからなのか、あるいは反対するほどの関心がなかったからなのか、本当のところはわかりません。

しかし、別の見方もできます。

管理組合のすべての組合員が、会計や建築設備、管理委託契約について詳しくなることは、現実的ではありません。

自分たちより詳しい人がいて、その人を信頼しているのであれば、一定の判断を任せる。

これは、特別に不合理なことではないと思います。

そもそも、私たちは日常生活の中でも、あらゆる問題について自分で専門知識を身につけて判断しているわけではありません。

管理組合においても、知識や経験のある人に一定の役割を担ってもらうことは、自然なことかもしれません。

もちろん、管理組合の理事長は、他の区分所有者に代わって何でも決められる存在ではありません。法令や管理規約に定められた決議を省略できるわけでもありません。

しかし、すべての組合員が同じ知識を持っていることと、管理組合として適切に意思決定できることは、必ずしも同じではないのではないでしょうか。

むしろ、ある程度のことを信頼して任せられる関係があるからこそ、運営が成り立つ面もあると思います。

4.仕組み化すれば、誰もが同じ判断をするようになるのか

最近では、管理組合運営を仕組み化するために、インターネットや各種システムを活用する提案も増えています。

会計情報を共有する。資料を電子化する。オンラインで意見を集める。役員間の連絡や決議手続きを効率化する。

こうした方法には、十分な利点があります。

特に、会計や支払手続きなどでは、担当者の判断だけで処理が進まないようにする仕組みが役立ちます。

今回の理事長が求めた発生主義による会計処理や支払承認の手続きも、一定のルールを設けることで、担当者が変わっても継続しやすくなるでしょう。

しかし、ここで考えたいのは、その先の問題です。

例えば、会計処理の見直しについて理事長が詳しい資料を作り、他の組合員に共有したとします。

資料を読めば、発生主義と現金主義の違いも分かる。

支払承認の仕組みについても理解できる。

それでも、他の組合員が理事長と同じ問題意識を持つとは限りません。

「それは改善した方がよい」

と考える人もいれば、

「今まで特に困っていないのだから、それほど急がなくてもよい」

と考える人もいるでしょう。

その違いは、必ずしも知識不足から生まれるわけではありません。

何を優先するかという考え方の違いかもしれないのです。

管理会社についても同じことが言えます。

ある理事長は、管理会社に積極的な改善提案を求める。

別の理事長は、日常管理を確実に行ってくれれば十分だと考える。

どちらも、契約内容や管理組合の状況によっては合理的な考え方です。

それを、誰が理事長になっても同じ要求をするように仕組み化するとどうなるでしょうか。

事務処理の品質を一定にすることと、管理組合として何を大切にするかを決めることは、別の問題と捉えた方がよいのではないでしょか。

そして、もっと根本的な疑問もあります。

全員が同じように理解し、同じように判断できる管理組合を目指すこと自体、本当に必要なのでしょうか。

管理組合の役員は、会社の社員ではありません。

管理組合の運営に熱心な人もいれば、仕事や家庭の事情から、必要最低限の関わりにとどめたい人もいます。

それは、管理組合に対する責任を放棄してよいという意味ではありません。

しかし、全員に同じ能力や熱意を求めることも、現実的ではないでしょう。

仕組みを整えることで、情報を確認しやすくすることはできます。

けれども、その情報にどれほど関心を持ち、どの程度まで理解しようとするかは、人によって違います。

仕組み化によって事務作業は改善できても、人の考え方まで同じにはできません。

5.属人的だからこそ、うまくいくこともある

一般的に、属人化は悪い意味で使われます。

特定の人しか業務内容を理解していない。その人がいなくなると仕事が止まる。他の人では代わりが務まらない。

確かに、これでは困ります。

しかし、管理組合における属人性には、別の意味もあります。

「あの人が理事長だから、任せておこう」

「あの人が説明してくれるなら、納得できる」

「あの人は以前から管理組合のために動いてくれている」

こうした信頼関係も、極めて属人的なものです。

同じ提案をしても、誰が説明するかによって、受け止められ方が変わることがあります。

これは管理会社の担当者についても同じです。

管理規約や契約内容を正確に説明できても、住民の理解を得ることが苦手な担当者もいるでしょう。

反対に、住民の事情をよく理解し、問題の重要性や説明する順番を考えながら、話を進められる担当者もいるかもしれません。

もちろん、契約上必要な業務品質や専門知識を軽視してよいわけではありません。

しかし、マンション管理では、人と人との関係が運営に影響することは避けられません。

だからこそ、経験豊富な理事長の価値は、専門知識が多いことだけではないと思います。

相手が何を心配しているかを理解する。

自分の意見が正しくても、すぐには受け入れられないことがあると知っている。

必要なことは譲らず、それほど重要でないことは、時期を変えたり方法を変えたりする。

こうした判断には、経験や人柄が表れます。

年齢を重ねれば誰でもできるというものではありません。若い理事長でも、そのような判断ができる人はいるでしょう。

これをすべてマニュアル化するのは難しいと思います。

しかし、そもそも、そこまで標準化する必要があるのでしょうか。

理事長によって得意なことが違い、管理組合の雰囲気も変わる。

ある理事長は修繕工事に詳しく、別の理事長は住民同士の調整が得意かもしれません。

それでよいのではないでしょうか。

輪番制だからといって、全員に同じ能力や同じ成果を求める必要はありません。

昔の村には、地域の事情をよく知り、住民から信頼され、何かあれば相談される人物がいたことでしょう。

その人が、住民の事情を聞きながら物事を進める。

管理組合にも、それに近い面があるように思います。

もちろん、昔の村のような人間関係を理想化するつもりはありません。

声の大きい人だけが意見を通したり、特定の人たちだけで物事を決めたりする運営では困ります。

管理組合は区分所有者全員の財産を扱う団体です。

人間関係がよければ規約や手続きを守らなくてもよい、という話ではありません。

ただ、その前提を守ったうえで、もっと人の個性や信頼関係を生かした運営があってもよいのではないでしょうか。

管理組合を、会社のような組織に近づけることが、必ずしも最善とは限らないと思います。

6.信頼して任せることは、無責任なのか

今回の管理組合では、理事長が会計処理や支払手続きなどについて、管理会社に改善を求めていました。

他の組合員は、必ずしもその詳細を理解していたわけではありません。

それでも、理事長が自分たちのために行動しているという考えから、その方向性を受け入れていました。

私は、このような運営を一概に否定する必要はないと思います。

管理組合では、誰かが積極的に動かなければ進まないことがあります。

しかし、全員がその人と同じ知識を身につけ、同じ時間をかけて問題を検討することは、現実的ではありません。

それならば、関心があり、能力があり、行動できる人に一定のことを任せる。

その人を信頼して、他の組合員は必要な場面で判断する。

こうした役割分担も、管理組合運営の一つの形ではないでしょうか。

ただし、任せる側にも、最低限確認しておかなければならないことがあります。

何を目的としているのか。

どの程度の費用や負担が生じるのか。

その判断によって、管理組合にどのような影響があるのか。

そして、疑問や反対意見があるときに、それを伝える機会が確保されているか。

例えば、管理会社を変更する場合であれば、変更する理由、委託費用や業務内容の違い、変更に伴う負担やリスクなどは、組合員が判断できるように説明する必要があります。

一方、会計処理の細かな方法や管理会社との日々の交渉経過まで、全員が同じ程度に把握する必要があるとは限りません。

この違いは大きいと思います。

信頼して任せることは、自分たちが判断することまで放棄するという意味ではありません。

また、理事長に任せる側だけでなく、任される側にも考えてほしいことがあります。

自分が正しいと思っていることと、管理組合全体が望んでいることは、必ずしも同じではありません。

専門的な知識があるほど、改善すべき点が多く見えることもあるでしょう。

しかし、他の組合員にとっては、そこまで改善する必要性を感じない場合もあります。

もちろん、安全性や財産管理に関わる重要な問題については、関心が薄いからといって放置してよいわけではありません。

一方、改善の方法や優先順位については、異なる意見があっても不自然ではありません。

理事長が管理組合のために努力していることと、その努力の方向が管理組合全体の希望に合っていることは、分けて考える必要があります。

それは、理事長の能力を否定することではありません。

むしろ、組合員の考え方がそれぞれ違うことを理解し、その違いを受け入れながら運営できることも、理事長にとって重要な能力ではないでしょうか。

7.管理組合は、全員が同じように働く組織でなくてもよい

今回の事例で、私たちが考えさせられたのは、管理会社との関係だけではありません。

理事長が管理組合のために行動し、他の組合員はその人を信頼して、ある程度のことを任せている。

そこには、管理組合の一つの運営の形があったように思います。

仮に別の人が理事長になっていたら、同じ問題を取り上げていたでしょうか。

会計処理の見直しを求めていたでしょうか。

管理会社との関係を見直し、変更するところまで進んでいたでしょうか。

必ずしもそうとは限りません。

しかし、だからといって、その管理組合の運営が間違っていたということにはなりません。

理事長が変われば、問題の捉え方も、改善の優先順位も、物事の進め方も変わる。

それは、人が集まって運営している以上、自然なことではないでしょうか。

私たちは、管理組合の仕組み化を考えるとき、誰が担当しても同じことができる状態を目指しがちです。

もちろん、会計の正確性や適切な支払手続きなど、担当者が変わっても守らなければならないことはあります。

しかし、管理組合全体の運営まで、誰が理事長になっても同じでなければならないという理由はないはずです。

むしろ、得意な人が得意なことを引き受け、他の人がその人を信頼して任せる。

そのような関係があることで、管理組合が円滑に運営される場合もあると思います。

ただし、今回の事例から、信頼して任せることが常にうまくいくと断定できるわけではありません。

同意しているように見えた組合員が、本当は十分に納得していなかった可能性もあります。

理事長が交代した後、同じ運営を続けられるかという問題も残ります。

それでも、全員が同じ知識を持ち、同じ判断ができる状態を理想とすることだけが、管理組合のあるべき姿ではないと思います。

管理組合は、会社ではありません。

区分所有者全員が同じ熱意を持って働く組織でもありません。

そこで大切なのは、全員が同じ能力を持つことよりも、それぞれの違いを前提に、どのように共同の財産を管理していくかということではないでしょうか。

誰かを信頼して任せることは、管理組合の弱さではなく、強さになる場合もある。

そして、その信頼関係は、どれほど仕組み化を進めても、簡単に置き換えられるものではありません。

属人化を防ぐことばかりを考えるのではなく、人に任せることで成り立っている運営の価値にも、もう少し目を向けてよいのではないでしょうか。

そもそも、管理組合は人が集まって運営する団体なのです。

属人的であることを、最初から欠点と考える必要はない。

最近、私たちはそのような観点からも考えるようになりました。

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