自主管理マンションが崩れ始めるとき――役員不足より先に失われる「全体を見る機能」
自主管理マンションが続けられなくなる理由として、よく挙げられるのが「役員のなり手不足」です。
高齢化が進み、理事長を引き受ける人がいない。
そのため輪番制となり、順番が来た人が一年だけ理事長を務める。
確かに、これは大きな問題です。
しかし、私たちが見てきた自主管理マンションで、
実際に起きていることは、
「理事長がいなくなる」より前に、すでに崩れ始めているケースがあるということです。
その兆候の一つが、
管理組合全体を見る人がいなくなることです。
理事長はいる。
会計担当もいる。
設備担当もいる。
総会も毎年開いている。
形式上は、自主管理が続いています。
ところが、過去の経緯を把握し、現在抱えている問題を整理し、今後何を決める必要があるのかを考えている人がいない。
この状態になると、それぞれの役員が真面目に仕事をしていても、管理組合全体としては少しずつ運営が崩れ始めます。
自主管理を支えていたのは「役員数」だけではない
長く自主管理を続けてきたマンションには、何人かの中心的な組合員がいることがあります。
理事会や総会で細かなことまで質問する。
工事の提案が出れば、
「なぜ今やるのか」
「前回はどういう説明だったか」
「積立金との関係はどうなっているのか」と確認する。
場合によっては、総会で意見がぶつかることもあります。
周囲からすれば、
「また細かいことを言っている」
「少し面倒な人だ」と思われていたかもしれません。
しかし、ここで重要なのは、
意見が正反対であったとしても、双方が「管理組合全体をどうするか」という視点で議論していたということです。
修繕積立金を増やすべきか。
今の工事を実施すべきか。
業者を替えるべきか。
過去の決議との整合性はどうか。
意見が対立していても、常に議論の対象は管理組合全体でした。
この状態は、一定の緊張感があります。
誰かが提案すれば、別の誰かが確認する。
理事会が判断すれば、総会で理由を問われる。
面倒に見えることもありますが、この緊張感が、自主管理の内部統制として働いていたケースです。
しかし、これは「古参組合員がいる方がよい」といった話ではありません。
同じ人が長期間力を持ち続ければ、別の問題が起こります。
過去のやり方への固執、派閥化、情報の囲い込み、「自分しか分からない」という属人化です。
必要なのは、特定の人物ではありません。
管理組合全体を見て、問いを出す機能です。
高齢化で失われるのは、人だけではなく「管理組合の記憶」である
長年管理組合に関わってきた人たちも、当然年齢を重ねます。
何度も理事を務め、総会にも出席し、設備の故障や大規模修繕、滞納問題などを経験してきた。
しかし、やがて、
「もう若い人に任せよう」
「そこまで言うのも疲れた」となります。
このとき失われるのは、役員候補一人ではありません。
その人の頭の中に蓄積されていた、
過去の総会で何が議論されたのか。
なぜこの業者と契約したのか。
なぜこの工事を先送りしたのか。
以前起きたトラブルはどう収束したのか。
この設備は以前からどのような不具合を抱えているのか。
といった「管理組合の記憶」も同時に失われます。
そして次に理事長になるのは、輪番で順番が回ってきた人です。
引き受けてくれるだけでもありがたい。
しかし、その人は前年までの経緯を知りません。
これは能力の問題ではありません。
知らない状態で役員になる制度になっているのですから、知らなくて当然です。
本来であれば、そこで管理組合の仕組みが支えなければなりません。
ところが、引継書には通帳の場所や業者の電話番号だけが書かれ、
「なぜそうなっているのか」
「今何を検討しているのか」
「来年何を判断しなければならないのか」が残っていないのです。
ここから、自主管理の継続性が弱くなっていきます。
全員が自分の仕事をしていても、管理組合は止まる
私たちが自主管理マンションを見るときに注意するのは、
誰が管理組合全体の未処理案件を把握しているのかという点です。
例えば、
会計担当は収支を記録する。
設備担当は故障対応をする。
書記は議事録を作る。
理事長は理事会を招集する。
ここまでは役割分担として問題ありません。
しかし、実際の管理組合業務には「誰の担当か」が曖昧な仕事がたくさんあります。
昨年の総会で検討するとした案件はどうなったのか。
管理会社や業者へ質問した件は回答されたのか。
長期修繕計画上、次に検討すべき工事は何か。
滞納案件は現在どの段階なのか。
契約更新期限はいつなのか。
保険の見直しは必要ないのか。
前年度から先送りした問題は何か。
こうした案件は、誰かが全体を見ていなければ必ず抜け落ちます。
そして、この状態が進行すると、役員の行動が変わってきます。
以前は担当者が自ら動き、必要な情報を集めて理事会へ報告していたものが、
「理事長から言われていないのでやっていません」
「それは自分の担当ではありません」となっていく。
副理事長であっても、
「引継ぎを受けていないから対応できない」ということが起きる。
しかし、それを個人の無責任さだけで説明することは、属人化と同じ発想です。
役割、権限、引継ぎ、情報共有の仕組みが曖昧であれば、
当然、人は自分の担当範囲を狭く解釈するようになります。
つまり、
人が変わったから管理組合が弱くなったのではなく、仕組みがなかったことが、人が変わったことで表面化したと考えられるのです。
「制度上できている」と「実際に回っている」は違う
ここは、自主管理マンションを見るうえで特に分けて考えたいところです。
管理規約上、理事長、副理事長、会計担当理事などの役職が定められている。
総会も開催している。
理事会も成立している。
制度上は問題がない。
しかし、それだけでは管理組合が実際に回っているとは言えません。
制度上の役割と、現場運営上必要な機能は別だからです。
例えば副理事長という役職があっても、理事長不在時の業務や継続案件を何も共有していなければ、代理は難しいでしょう。
会計担当者がいても、収支報告を作成するだけで、「このままでは数年後に管理費会計が赤字になる」という問題を誰も見ていなければ、会計機能としては十分とは言えません。
建物担当がいても、故障した設備だけ対応して、建物全体の劣化傾向を継続的に見ていなければ、予防的な維持管理にはつながりません。
規約上の役職が埋まっていることと、
必要な管理機能が存在していることは同じではありません。
ここを混同すると、
「役員は全員決まっているのだから問題ない」という判断になってしまいます。
自主管理を続けるか、管理会社へ任せるか、ではない
こうした問題が出てくると、
「もう自主管理は無理なのではないか」という話になりがちです。
しかし、私たちはすぐに全面委託へ切り替えるべきとは考えません。
自主管理には、自主管理の利点があります。
住民が建物のことを理解しやすい。
意思決定の距離が近い。
外部への委託費を抑えられる場合もある。
長年うまく運営されてきた管理組合には、それなりの理由があります。
一方で、自主管理に必要なすべての機能を住民だけで維持することが難しくなっているのであれば、その不足部分だけ外部化する方法もあります。
会計だけ外部へ出す。
建物点検だけ専門家に任せる。
総会・理事会運営だけ支援を受ける。
長期修繕計画や工事判断だけ第三者の助言を受ける。
あるいは、管理組合全体の継続案件を定期的に確認する役割だけ外部に求める。
逆に、複数の機能がすでに失われており、役員の負担も大きいのであれば、全面委託の方が合理的な場合もあります。
重要なのは、
自主管理か管理会社かという二択から考え始めないことです。
先に見るべきなのは、
「今、この管理組合から何の機能が失われているのか」です。
KTCが見るのは、「誰がいるか」より「何が残っているか」
私たちが自主管理マンションの相談を受けたとき、最初から「管理会社を入れた方がよい」とは考えません。
まず確認するのは、例えば次のような点です。
現在進行中の案件を一覧にできるか。
前年から持ち越している問題を説明できるか。
総会で決めたことが実行されたか確認しているか。
毎年確認する数字や建物項目が決まっているか。
理事長以外に管理組合全体を説明できる人がいるか。
理事長が突然動けなくなっても、副理事長などが一定程度代理できるか。
過去の判断理由が書面として残っているか。
ここを確認すると、自主管理を続けられるマンションと、危険な状態にあるマンションの違いが見えてきます。
理事長が新人であること自体は問題ではありません。
輪番制も、それだけで悪い制度ではありません。
問題なのは、
毎年、新しい理事長が何も知らない状態からスタートしなければならない管理体制になっていることです。
強い理事長を探すのではなく、
理事長が誰になっても必要な情報が入り、
必要な判断事項が見え、
過去からの流れが途切れない。
その状態をつくることの方が重要です。
自主管理が崩壊するのは、総会が開けなくなった日ではありません。
会計が止まった日でもありません。
そのもっと前に、
「それは聞いていません」
「前の人しか知りません」
「自分の担当ではありません」
という言葉が増え始めます。
そこが、一つの兆候です。
自主管理マンションの方には、まず一度、
「今の理事長が明日いなくなったとしても、管理組合は何をすべきか分かる状態になっているか」
を確認していただきたいと思います。
答えが「分からない」であれば、必要なのは必ずしも管理会社への全面委託ではありません。
まず、失われている機能を特定し、役員だけで維持するのか、一部を外部化するのか、それとも管理体制そのものを組み直すのかを考える段階です。
株式会社関西建物センターでは、自主管理をやめることを前提とせず、現在の管理体制を整理し、役員個人に依存しない運営方法を一緒に検討しています。

