マンション理事長が責任を背負わないために――業者との交渉は「途中経過」こそ記録する

マンションの理事長になると、外部とのやり取りが一気に集まってきます。

管理会社、工事会社、設備会社、保険会社、近隣関係者などから連絡を受け、その内容を確認し、必要であれば理事会に諮り、さらに重要な事項は総会へ上程する。

この流れ自体は特別なことではありません。

ところが、理事長という役職には一つ厄介なところがあります。

「最初に話を聞いた人」が、いつの間にか「問題を解決する人」になり、最後には「問題について説明する人」にまでなってしまうことです。

理事長が何か不正なことをしたわけではありません。

むしろ、管理組合のために善意で動いた結果として、責任まで一人で背負うことがあるのです。

今回は、そのような事態を防ぐために、外部業者との交渉・折衝をどのように扱えばよいのかを考えます。

理事長は管理組合の代表だが、管理組合そのものではない

まず、制度上の立場を整理しておきます。

国土交通省の令和7年改正マンション標準管理規約では、理事長は管理組合を代表し、業務を統括する立場とされています。一方で、理事長は一定期間ごとに職務の執行状況を理事会へ報告することとされ、他の理事も理事会の定めに従って管理組合の業務を担当します。

もちろん、標準管理規約は各マンションの管理規約そのものではありませんので、実際の規約を確認する必要があります。

ここで重要なのは、

「理事長が代表者であること」と、「理事長一人ですべてを判断すること」は別ということです。

ところが実務では、この二つが頻繁に混ざります。

外部業者は理事長に連絡する。

理事長が内容を確認する。

少し問題があれば、理事長が業者と調整する。

ここまでは普通です。

その調整がうまくいっている間は、特に問題になりません。

問題は、交渉・折衝途中で相手方が約束どおり動かなかった場合です。

問題が起こる前の「途中経過」を、理事長しか知らない

例えば、ある業者から近隣工事の手続について申し入れがあったとします。

理事長が内容を確認したところ、少しおかしい。

そこで、

「その方法では問題があるので、一旦止めてください」

「別の方法を検討してください」

「修正のうえ、進める前に、再度連絡してください」

と伝えたとします。

相手方が誠実であれば、その指摘を持ち帰り、修正案を提示するでしょう。

理事長はそれを整理して理事会へ出せばよい。

むしろ、理事長が事前調整してくれることで、理事会は論点を絞って判断できます。

ところが、すべての業者がそのように対応するとは限りません。

管理組合は合意形成に時間がかかる。

理事会もすぐには開けない。

その性質を見て、

「このまま進めてしまえば、後から管理組合も受け入れるだろう」と考える相手もいます。

そして理事長から止められていたにもかかわらず物事を進め、

「もう確定してしまいました」

「その他各所も調整済みのため、変更できません」

「この方法しかありません」

という説明を後から持ってくる。

ここで理事長は、

「だから事前に連絡してほしいと言ったではないか」となります。

しかし、管理組合の他の人たちから見える景色は異なります。

そもそも、そのやり取りを知りません。

結果だけを見れば、

「どうしてこうなったのか」

「理事長はいつから知っていたのか」

「なぜ理事会へ報告しなかったのか」

という話になります。

つまり、本来は、

業者が管理組合側との約束を守らなかった問題だったものが、

いつの間にか、

理事長の対応に問題があったのではないかという話に変わってしまうのです。

これが、理事長という役職の怖いところです。

重視すべきは「結論」ではなく、責任が動いた時点

この問題について、私たちは「何でも理事会に報告すればよい」とは考えていません。

それでは理事会の負担が増えるだけです。

設備会社への問い合わせ、軽微な修理の日程調整、単なる資料請求まで、すべて理事会へ持ち込む必要はありません。

私たちが見るのは、その案件の責任の所在が変わり始めたかどうかです。

例えば、次のような状態になったときです。

  • 理事長が「進めないでほしい」と明確に伝えた
  • 金額、仕様、契約内容など重要な条件について修正を要求した
  • 業者の対応によっては、後から元に戻せなくなる可能性がある
  • 理事長と業者の認識に明らかな食い違いが生じた
  • 後日、区分所有者への説明が必要になる可能性が出てきた

この段階まで来たら、「交渉・折衝中だからまだ報告しなくてよい」と考えない方が安全です。

例えば理事会への報告は、

「○月○日、業者から○○との連絡があった。△△の点について問題があるため、実施前に再協議するよう理事長から申し入れている。現在回答待ち。」

この程度で構いません。

その場で結論を出す必要もありません。

重要なのは、

その問題が存在していることを、理事長だけの情報にしないことです。

メールでも、理事会資料でも、議事録の報告事項でも構いません。

「誰が正しかったのか」を後から証明するためというより、

その時点で管理組合として何を知っていたのかを残しておくという考え方です。

約束を破った後、理事長が処理してはいけないことがある

さらに注意したいのが、その後です。

業者が理事長との協議を無視し、既成事実を作ってしまった。

そこで、理事長が、

「仕方がないから、自分が区分所有者を説得しよう」と考えてしまうことがあります。

これは非常に危険な場面です。

責任感のある理事長ほど、そう考えます。

業者から事情を聞き、理事会に説明し、反対する人に事情を説明し、何とか管理組合内部をまとめようとする。

しかし、ここは、もう一度考え直す必要があります。

なぜ、その説明を理事長がしなければならないのでしょうか。

「なぜ事前協議を無視したのか」

「なぜその方法で進めたのか」

「なぜ他の方法を選ばなかったのか」

という質問については、その判断をした業者自身が答えるべきです。

理事長が、

「業者にも事情があったようです」

「この方法しかなかったそうです」

と代わりに説明し続けると、区分所有者からは、

理事長もその判断に関与していたように見えることがあります。

これは管理会社にも同じことが言えます。

管理会社が業者をかばい、理事長に説明役を押し付けるのであれば、その役割分担も見直す必要があります。

私たちがこうした場面で重視するのは、問題を丸く収めることではありません。

「誰が判断したことなのか」と「誰が説明すべきことなのか」を元の位置に戻すことです。

必要に応じ、業者自身に管理組合へ説明してもらう

重大な案件であれば、業者自身に理事会や説明会、場合によっては総会へ出席してもらう方法があります。

これは、業者と区分所有者を対立させることが目的ではありません。

その業者が行った判断について、その業者自身に説明してもらうだけです。

当然、厳しい質問が出ることもあります。

話がまとまらないこともあります。

しかし、それを避けるために理事長が間に入り続ければ、別の問題が起こります。

理事長が情報を整理し、言葉を選び、区分所有者を説得してしまうことで、

本来は業者が負うべき説明責任が見えなくなるからです。

ただし、軽微な認識違いであれば、理事長や管理会社が間に入って修正した方が早い場合もあります。

元に戻せるミスであれば、まずは修正を求めればよいでしょう。

業者との信頼関係がまだ残っており、原因も共有できているのであれば、必ずしも大ごとにする必要はありません。

問題なのは、

明確に止めていたにもかかわらず、それを無視して既成事実を作り、その説明まで理事長に任せようとする場面です。

ここまで来れば、理事長が善意で収拾し続けることが、本当に管理組合のためなのかを考える必要があります。

「理事長を守る」のではなく、理事長に責任が集中しない仕組みにする

「理事長なのだから、最後まで責任を持つべきだ」という考え方もあります。

もちろん、理事長が自分の判断について説明するのは当然です。

業者とのやり取りも報告しなければなりません。

必要な案件を理事会に諮らず、自分だけで判断したのであれば、その判断について説明する必要があります。

しかし、

自分が判断していないことまで説明する必要はありません。

ここは混同すべきではありません。

私たちが考える理事長のリスク対策は、「責任を取らなくて済む方法」ではありません。

問題が起きたときに、

誰の判断か。実行者は誰か。誰が説明するのか。

この三つが混ざらない管理体制を作ることです。

理事長個人が優秀だから管理組合が回る。

理事長が熱心だから問題が収まる。

その状態は、一見うまく運営できているように見えます。

しかし、その理事長が交代した瞬間に回らなくなるのであれば、管理体制としては弱い。

KTCでは、常々お伝えしていますが、

目指すべきは、問題をすべて解決できる理事長ではありません。

誰が理事長になっても、必要な情報が共有され、必要な人が判断し、判断した人が説明する仕組みをつくることです。

今の理事長が、まず確認してほしいこと

一度、現在進行中の案件を思い返してみてください。

自分しか経緯を知らない業者との交渉や折衝事項はないでしょうか。

「この件はまだ調整中だから」と、理事会へ一度も報告していないものはないでしょうか。

業者に重要な申し入れをしたのに、電話だけで済ませていないでしょうか。

そして、その業者が約束を守らなかったとき、

誰が管理組合へ説明することになるのか。

ここまで考えてみてください。

大切なのは、すべてを理事会決議にすることではありません。

すべてを書面にすることでもありません。

後から問題になりそうな案件ほど、結論が出る前に組織の情報にしておくことです。

理事長が自分一人で情報を抱えない。

業者の判断を理事長が代弁しない。

そして、問題が起きた後に責任の所在を争うのではなく、最初から判断・実行・説明の役割を分けておく。

それが、理事長個人を守るだけでなく、管理組合を長く安定して運営するためのリスク対策だと考えています。

株式会社関西建物センターでは、小規模マンションや自主管理マンションを中心に、理事長一人に判断や責任が集中しない管理体制づくりについてもご相談をお受けしています。管理会社を変更するかどうか以前に、「今の役割分担のままでよいのか」という段階から整理することができます。

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