C04 こちらが正しいのに、なぜ組合員に伝わらなかったのか――投資型マンションで起きたこと
【理事長の判断事例 CASE 04】
一連の紛争を振り返ると、そもそも、なぜ相手側が臨時総会を繰り返し招集できたのか、という疑問が残ります。
その背景は、このマンションが投資型分譲マンションだったことにあります。
ほとんどの組合員は、マンションに居住していません。
現地の状況も、理事会の活動も、日常の管理状況も詳しくは知りません。
複数の投資用マンションを所有している組合員も多く、収益が確保され、管理上の大きな問題が見えなければ、できるだけ手間をかけずに運営されてほしい。
そう考える組合員が少なくありませんでした。
誰かが問題なく運営してくれているなら、その人たちに任せておく。
それ自体は、投資型マンションの組合員として不自然な考えではありません。
しかし、この構造が、紛争が起きたときには大きな問題になりました。
現地を知らない組合員には、書面で届いた情報が「事実」になる
相手側は、
「現在の管理組合運営には問題がある」
「その問題を正すために、自分たちが立ち上がった」
という趣旨の文書や臨時総会議案書を組合員に配布しました。
一方、現場の状況を把握している現役員側は、
「この総会手続きはおかしい」
「管理規約にも反している」
と考えていました。
相談したマンション管理士からも、手続き上の問題を指摘されていました。
現役員側から見れば、
普通に考えれば、どちらがおかしいか分かるはずだという感覚がありました。
私自身も、そのように考えていたと思います。
しかし、今振り返ると、この考え方自体に大きな落とし穴がありました。
現地を見ていない組合員にとっては、「何が実際に起きているのか」を自分自身で確認することができません。
その人たちが持っている判断材料は、送られてきた文書や説明だけです。
つまり、
先に届いた説明が、その組合員にとって最初の事実認識になるのです。
「規約違反なのだから、分かってもらえる」と思っていた
相手側が臨時総会を招集したとき、現役員は、
「こんな手続きで総会が成立するはずがない」と考えていました。
しかし、その総会が無効だと主張しても、普段から管理組合運営を見ていない組合員には簡単には伝わりません。
臨時総会当日、他の出席組合員に事情を説明するため、現役員も会場へ向かいました。
当日の出席者は、普段から総会に出席している組合員のほかに、数名増えた程度でした。
総会の成立、不成立をめぐって会場は紛糾し、最終的には警察まで来る事態になりました。
その中で、初めて総会に出席したある組合員がいました。
その組合員は後に、
「組合運営の不正を指摘されている役員が、どんな人なのか見に来た」という趣旨の話をしていました。
私たちにとっては衝撃的でした。
こちらは、「手続きに問題があるのは相手側だ」と考えている。
しかし、その組合員の頭の中には、すでに、
「現役員側に何か問題があるのではないか」という認識ができていたのです。
詳しく説明しても、「静観します」と言われた
理事長は、その組合員に事情を詳しく説明しました。
少しでも状況を理解してもらい、可能であれば協力してほしいと考えたからです。
ところが、その組合員の答えは、
「しばらく静観します」というものでした。
当時は、
「これだけ説明したのに、なぜ分かってもらえないのか」という気持ちがありました。
しかし、今考えると、その組合員の立場からすれば無理もなかったのかもしれません。
普段の理事会を知らない。
現地の状況も知らない。
一方からは、
「現在の役員に問題がある」という説明が届いている。
もう一方からは、
「相手側の手続きがおかしい」という説明を受ける。
どちらも、
「自分たちが正しい」と言っているように見えます。
その状況で、片方の説明だけを聞いて、
「こちらが正しい」
と即座に判断することは、現場を知らない組合員には簡単ではなかったのだと思います。
問題は、「組合員が無責任だった」ことだけではなかった
当時は、「静観する」という態度に歯がゆさを感じました。
管理組合の問題なのだから、きちんと考えて判断してほしい。
そう思っていました。
しかし、その後の経験を通して考え方が変わりました。
問題は、
組合員が何も考えていなかったことだけではありません。
こちら側も、
組合員が判断できる材料を、十分な形で届けられていなかったのです。
現役員側は、
「こちらは規約に従っている」
「相手のやり方がおかしい」
ということを理解していました。
しかし、その前提となる事実を知らない組合員には、その説明だけでは十分ではありません。
なぜ問題なのか。
何が起きたのか。
どの手続きがどう違うのか。
放置すると何が起きるのか。
そうしたことを、管理組合運営を普段見ていない人でも理解できる形で伝える必要がありました。
正しい側であれば、自然に理解されるわけではない
管理組合の紛争では、
「正しいことをしていれば、最後には分かってもらえる」と思いがちです。
しかし、実際にはそう単純ではありません。
特に投資型マンションでは、多くの組合員が現地にいません。
日常の管理状況を自分の目で確認することもできません。
そのため、組合員は限られた情報の中で判断します。
そして、人は何も分からない状態になると、
「とりあえず現状維持」
「どちらにも付かない」
という判断をしやすくなります。
それは必ずしも無責任だからではありません。
判断できる材料が足りないからです。
理事長には、「判断材料を届ける仕事」もある
この経験から私は、
理事長の仕事は、正しい判断をすることだけではないと考えるようになりました。
組合員が、
「何が起きているのか」
「何を判断しなければならないのか」
を理解できる状態をつくることも、理事長の重要な役割です。
特に紛争や大きな意見対立が起きたときには、
長い反論文を書くことよりも、
事実関係を時系列で整理する。
争点を分ける。
確認できている事実と、双方の主張を区別する。
組合員が何を決めなければならないのかを明確にする。
そうした情報の出し方が重要だったのだと思います。
あのとき私は、
「事実を説明すれば分かってもらえる」と考えていました。
しかし、実際には違いました。
現地を知らない組合員にとって、事実は自分で確認できるものではありません。
届いた情報の中から、判断するしかないのです。
だから理事長には、
正しい判断をするだけでなく、組合員が正しく判断できる材料を届けることも必要です。
これは、投資型マンションに限らず、組合員の総会参加率が低い管理組合にも共通する問題だと思います。


