会計は正常だったのに、なぜ自主管理マンションで役員解任騒ぎが起きたのか

自主管理マンションでは、会計を外部へ委託することがあります。

管理費や修繕積立金という大切なお金を扱う仕事を専門家へ任せれば、役員の負担を減らすことができます。帳簿や決算書も整い、会計の透明性も高まりやすくなります。

では、会計さえきちんとしていれば、管理組合運営は安定するのでしょうか。

私たちが関わったある小規模な自主管理マンションでは、会計業務そのものには大きな問題がありませんでした。

会計は外部へ委託され、必要な処理は行われていました。

理事長についても、輪番で毎年交代するのではなく、マンションの事情をよく知る方が長年継続して務めていました。

一見すると、むしろ安定している管理組合です。

ところが、その後、管理組合内部で過去の運営に対する疑念が広がり、最終的には役員の解任をめぐる騒ぎにまで発展しました。

この事例から考えさせられたのは、会計が正確であることと、管理組合運営への信頼が維持されることは、必ずしも同じではないということでした。

長く務める理事長がいること自体は、問題ではない

自主管理マンションでは、長期間にわたって同じ方が理事長を務めていることがあります。

これをすぐに「属人化」として否定するのは適切ではありません。

小規模マンションでは、建物の過去の経緯を知っている人がいることには大きな価値があります。

どの設備が以前から問題になっていたのか。

過去の修繕工事で何があったのか。

ある業者と取引するようになった理由は何だったのか。

特定の組合員との間でどのような話し合いがあったのか。

こうした情報は、契約書や議事録だけではなかなか分からないものです。

長年管理組合に関わっている人がいることで、こうした「背景」が引き継がれていくこともあります。

その意味では、長期在任にはメリットがあります。

問題は、

その人がいなくなったときにも、他の人が同じ情報にたどり着けるかということです。

議事録には「決めたこと」は残っても、「なぜ決めたか」は残りにくい

管理組合では、総会や理事会を開催すれば議事録を作成します。

例えば、

「A社との契約を継続することを承認した」

「設備改修工事を実施することを決定した」

「修繕積立金を増額することとした」

といった結果は記録されます。

しかし、数年後にその議事録を読んだ人からすると、

「なぜA社だったのか」

「他社とは比較したのか」

「どうしてこの時期に工事をしたのか」

「なぜこの金額だったのか」

までは明確に記録されていないことがあります。

実際の理事会では、

設備の劣化状況、予算、住民からの要望、業者の対応力、過去の経緯など、いくつもの事情を考慮して判断していたのかもしれません。

ところが、判断した人たちにとって当時は当然だった事情ほど、記録には残りにくいものです。

時間が経ち、役員や組合員が入れ替わると、その「当然だった事情」を知る人が減っていきます。

すると、後から見る人には結果だけが残ります。

そこから、「どうしてこんな判断をしたのだろう」という疑問が生まれます。

疑問に答えられる資料がなければ、「何かおかしかったのではないか」という疑念に変わることがあります。

ここには、実際に過去の判断に問題があった場合もあれば、適切な判断だったにもかかわらず説明材料が残っていない場合もあります。

この二つは分けて考えなければなりません。

「説明できない」と「不正があった」は同じではない

管理組合内で不信が生まれたとき、非常に難しいのがこの点です。

過去の経緯を説明できないことと、過去に不適切なことが行われたことは同じではありません。

一方で、

「昔のことだから分からない」

「当時の理事長が決めたことだから問題ない」

で済ませることも困難です。

疑念を持った組合員からすれば、説明されない状態そのものが不信を強めることがあります。

しかし、過去の役員からすれば、

「当時はみんなのためを思ってやったのに、今になって疑われるのか」という感情が生まれます。

ここから問題が難しくなります。

制度上は、総会決議や理事会決議が適切に行われていたかという問題があります。

契約上は、適切な権限で契約していたかという問題があります。

運営上は、比較検討や情報共有が十分だったかという問題があります。

そして人間関係としては、

「自分たちは疑われている」

「何か隠しているのではないか」

という感情の対立が生まれます。

これらを一緒にしてしまうと、話し合いは急速に難しくなります。

会計帳簿が正しいことを示しても、人間関係上の不信はなかなか解消しないものです。

逆に、不信があるからといって、過去の支出や契約が直ちに不適切だったとも限りません。

管理組合に必要なのは「書類」だけではなく「判断の履歴」

この事例から、KTCでは管理組合の引継ぎについて、書類を残すだけでは十分ではないと考えています。

契約書。

議事録。

見積書。

決算書。

修繕記録。

もちろん、これらは必要です。

しかし、重要な案件については、もう一段情報を残しておく方がよい場合があります。

例えば、

何が問題になっていたのか。

どのような選択肢を検討したのか。

それぞれのメリット・デメリットは何だったのか。

最終的に何を重視して決定したのか。

こういった内容です。

例えば設備工事なら、「A社に工事を依頼した」だけではなく、

「3社から見積りを取り、A社が最安値ではなかったが、既存設備との互換性と緊急時対応を重視して選定した」

と残っていれば、数年後の役員も判断経緯を確認できます。

それは過去の判断を正当化するための記録ではありません。

むしろ逆です。

後から見た人が、

「当時の判断は妥当だったのか」を検証できるようにするための記録です。

情報を残すことは、長年の役員を疑うためではない

長期間にわたり管理組合を支えてきた人ほど、

「自分が覚えているから大丈夫」という状態になりやすい面があります。

しかし、その人が悪いわけではありません。

小規模マンションでは、実務のできる人へ仕事が集まること自体が珍しくないからです。

相談される。

事情を知っている。

だから判断する。

さらに事情を知る。

こうして自然に情報が集中していきます。

むしろ本人は、管理組合のために多くの時間を使っているものです。

だからこそ、情報を組織へ移しておく必要があります。

これは、その人を信用しないためではありません。

長年積み上げてきた経験や判断を、その人だけのものにしないためです。

情報を残さなければ、本人が退任した後に、過去の善意ある判断まで疑われることがあります。

それは管理組合にとっても、長年役員を務めた本人にとっても望ましいことではありません。

管理会社へ全部任せれば、この問題はなくなるのか

では、自主管理をやめ、管理会社へ全面的に委託すれば解決するのでしょうか。

必ずしもそうではありません。

管理会社が入れば、契約や会計、設備管理などの記録は整理されやすくなります。

担当者が理事会へ説明することで、判断材料が増えることもあります。

一方で、最終的な意思決定をするのは管理組合です。

管理会社から提案された工事をなぜ採用したのか。

なぜその予算を承認したのか。

他の選択肢をどこまで検討したのか。

こうした判断について、管理組合自身が記録を残さなければ、全面委託であっても同じ問題は起こります。

したがって、

「自主管理だから問題が起こった」という整理では不十分です。

本質的な問題は、

管理組合の意思決定が、特定の人の記憶から組織の記憶へ移されていたかという点にあります。

過去の重要な判断を、第三者が説明できる状態になっているか

管理組合の状態を確認するとき、私たちは一つの問いが重要だと考えています。

現在、理事長ではない人が、過去の重要な判断について説明できるでしょうか。

例えば、

「なぜこの管理会社なのか」

「なぜこの修繕計画になっているのか」

「なぜこの業者と長く取引しているのか」

「なぜ管理費をこの金額にしたのか」

と聞かれたとき、

「前の理事長が決めたから」

しか答えがないのであれば、一度情報を整理した方がよいかもしれません。

すべての小さな判断を細かく記録する必要はありません。

それでは今度は、記録を残すこと自体が役員の負担になります。

金額が大きいもの。

長期間影響するもの。

組合員間で意見が分かれたもの。

将来もう一度議論になりそうなもの。

こうした重要案件についてだけでも、判断理由を残しておく。

それだけでも、将来の管理組合運営はかなり変わります。

管理組合内の不信は、突然生まれるとは限りません。

過去に説明されなかったこと、引き継がれなかったこと、小さな疑問に答えられなかったことが積み重なり、あるとき表面化することがあるのです。

問題が起きた後に、「もっと説明しておけばよかった」と考えるよりも、

後から見た人でも過去の判断を検証できる管理体制を、平穏なうちにつくっておく。

それが、理事長個人の献身に頼らず、管理組合を長く運営していくための一つの方法だと考えています。

KTCでは、自主管理マンションや小規模マンションについて、業務そのものだけでなく、役員が交代しても情報と判断が引き継がれる管理体制の整理も行っています。

長年同じ役員で運営しており、今後の引継ぎに少しでも不安がある場合は、まず過去の重要な意思決定を第三者が説明できる状態になっているかを確認してみてください。

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