マンションの理事長が何もしないとどうなる?――「動くべきこと」と「動かなくてよいこと」

マンションの理事長になったものの、

「何をすればよいのかわからない」
「管理会社がいるのだから、任せておけばよい」
「余計なことをすると揉めそうなので、できれば何もしたくない」

そう考える方は、決して珍しくありません。

実際、理事長になったからといって、マンションで起きることを何でも自分で処理する必要はありません。

設備の故障、清掃、点検、会計処理、資料作成など、管理会社や専門業者に任せられる仕事は数多くあります。

むしろ、理事長が何でも自分でやってしまう管理組合は、別の問題を抱えます。

その人が退任すると、次の理事長は何もわからないうえに、比較される。

「あの人がいたから回っていた」という状態は、一見うまく運営されているように見えて、実際には理事長個人に依存しているだけです。

では、理事長は何もしなくてもよいのでしょうか。

私たちは、そうは考えていません。

ただし、理事長に求められているのは「たくさん仕事をすること」でもありません。

管理組合が決めなければならない場面で、決めるための仕組みを止めないこと。

ここに、「動かなくてよい理事長」と「動かなければ管理組合が止まってしまう理事長」の境界線があります。

平常時なら、理事長はあまり動かなくても管理組合は回る

一般的なマンションであれば、毎年ある程度同じ流れで管理組合は運営されています。

管理会社が会計資料をまとめる。

点検結果を報告する。

必要な修繕を提案する。

理事会資料や通常総会資料を準備する。

理事会で確認し、必要なものを総会へ上程する。

この流れが正常に機能していれば、理事長が一つひとつの実務に関与する必要はありません。

理事長は報告を受け、判断が必要なところだけ理事会として判断すればよい。

私たちも、管理を受託しているマンションで理事長に多くの仕事をしてもらおうとは考えていません。

逆です。

管理会社で処理できることは管理会社が処理する。

専門家に任せるべきことは専門家に任せる。

理事会で決めるべきことだけを整理して理事会へ出す。

その方が、役員が交代しても続けやすい管理運営になります。

「何もしない理事長」という言葉だけを聞くと無責任に感じられるかもしれませんが、

管理会社に適切に仕事をさせ、必要な報告だけを受け、管理組合として必要な判断だけをする。

その結果として理事長本人の作業がほとんどないのであれば、これは問題ではありません。

問題は、「いつもの運営」では処理できなくなったとき

ところが、マンション管理には、ときどき前年どおりでは処理できない問題が起きます。

たとえば、

ある工事をするかどうかで意見が真っ二つに割れた。

一部の組合員から臨時総会を開くよう求められた。

理事同士が対立し、理事会そのものが開けなくなった。

管理会社の提案に対して、複数の組合員から疑問が出た。

理事長自身が紛争の当事者になった。

こうなると、「管理会社に任せておけばよい」では解決できません。

管理会社は資料をつくることも、規約を確認することも、手続について助言することもできます。

しかし、管理組合に代わって、

「この議案を総会に出す」

「こちらの案を採用する」

「この工事を実施する」

と決めることはできません。

管理会社は、管理組合の意思決定を支援する立場であって、管理組合そのものではないからです。

ここを曖昧にしていても、平常時は困りません。

異常時に、初めて問題が表面化します。

制度上は止まらなくても、現場は簡単に止まる

ここは、制度上の話と実際の運営を分けて考える必要があります。

国土交通省のマンション標準管理規約では、理事長は管理組合を代表してその業務を統括する立場とされ、理事会についても原則として理事長が招集する仕組みになっています。

一方で、理事長が動かなければ法律上すべてが永久に停止するわけではありません。

区分所有法には、一定数の区分所有者が管理者に集会の招集を請求し、所定の対応がなされない場合には請求した区分所有者側が集会を招集できる仕組みがあります。

つまり、制度上は別の道があります。

しかし、私たちが現場で問題にするのは、その先です。

法律を調べなければ次の手続がわからない。

組合員が二つの陣営に分かれている。

どちらの招集通知が正しいのかわからない。

誰の説明を信用してよいのかわからない。

管理会社も一方の側に立つことができず、事務的な対応しかできない。

こうなると、制度上は手段が残っていても、管理組合運営としてはほとんど停止したような状態になります。

そのため私たちは、「法律上できるかどうか」だけでは判断しません。

その手続を取ったあと、この管理組合は正常な意思決定に戻れるのか。

そこを考えます。

実際に、「何もしなかった」ことで紛争が大きくなった管理組合がある

私たちが関わった管理組合で、実際に似たようなことがありました。

一部の組合員から、臨時総会の開催を求める動きが起きました。

ところが、その段階で、

誰が請求しているのか。

必要な同意数を満たしているのか。

何を議題として求めているのか。

理事長として、いつまでに何をしなければならないのか。

こうしたことを十分に整理できませんでした。

結果として対応が遅れ、請求した側が独自に手続を進め、その後、総会決議の有効性そのものを争うところまで問題が大きくなりました。

ここで、単純に「理事長がしっかりしていなかった」と結論づけるのではありません。

普通の区分所有者が輪番制などで突然理事長になり、区分所有法や管理規約の招集手続まで理解していることを期待する方に無理があります。

問題は、理事長個人の知識不足ではありません。

異常なことが起きたときに、誰が手続を確認し、誰が期限を管理し、誰が理事長に選択肢を示すのかが決まっていなかったことです。

→【何もできなかった、判断を間違えたため、まさかの事態に陥ってしまった管理組合】

その後、同じ管理組合で別の問題が起きました。

今度は対応を変えました。

最初から「相手が正しいか、こちらが正しいか」を議論するのではなく、

まず、誰にどの権限があるのか。

何を求められているのか。

いつまでに回答しなければならないのか。

理事会で決めるのか、総会で決めるのか。

専門家へ確認すべき論点はどこか。

一つずつ整理しました。

問題そのものが簡単になったわけではありません。

対立する相手がいなくなったわけでもありません。

それでも、管理組合として「次に何をするか」は決められるようになりました。

→【1回目の失敗を受け、2回目には対応できた事例はこちら】

私たちは、この違いは非常に重要だと考えています。

問題が起きたときに「誰が正しいか」からは考えない

管理組合内で対立が起きると、多くの場合、

「どちらが正しいのか」という議論になります。

もちろん、最終的にはそれを判断しなければならない場合もあります。

しかし、私たちは最初からそこへは入りません。

初めに確認するのは、次の順番です。

誰が決める事項なのか。

理事長が判断できるのか、理事会決議なのか、総会決議なのか。

期限はあるのか。

いつまでに対応しなければ、次の手続へ進むのか。

必要な手続は何か。

招集通知、議案、決議要件などに問題はないか。

管理会社ができることと、管理組合がしなければならないことは何か。

そして最後に、

決めるために不足している情報は何か。

を整理します。

この順番を逆にして、最初から「どちらが正しいか」の議論を始めると、管理会社まで紛争の当事者になりかねません。

また、理事長個人が一方の意見を代表し始めると、本来は管理組合が判断すべき問題が、

「理事長派と反理事長派」という人間関係の問題に変わってしまいます。

それは可能な限り避けたいところです。

理事長は、積極的に動けばよいわけでもない

ここまで読むと、

「では、何かあればすぐ理事長が動くべきなのか」と思われるかもしれませんが、

それも違います。

理事長が住民同士のトラブルに入り込む。

管理会社を飛び越えて業者へ直接指示する。

理事会で決める前に組合員へ回答する。

総会決議が必要な内容を自分の判断で進める。

こうした行動も、別の問題を生みます。

理事長に大きな権限があるからこそ、権限を使わない方がよい場面もあります。

また、そもそも理事長一人に判断を集中させる必要もありません。

副理事長や他の理事に役割を分ける。

専門家に一部分だけ確認する。

管理会社に論点整理だけを依頼する。

役員だけで対応できない場合には、外部専門家の関与方法や管理体制そのものを見直す。

選択肢はいくつもあります。

理事長が確認しておくべきなのは、「何をするか」より「止まったときどうするか」

理事長になったとき、管理規約を最初から最後まで確認する必要はありません。

設備の専門知識を身につける必要もありません。

管理会社と同じ仕事ができる必要もありません。

それよりも、一度だけ確認しておいてほしいことがあります。

このマンションで、通常の運営から外れる問題が起きたとき、どうやって意思決定を正常なルートへ戻すのか。

例えば、

理事会は誰が招集するのか。

理事長が動けない場合、次に誰が動けるのか。

総会に諮るべき事項は何か。

管理会社へ任せてよい範囲はどこまでか。

専門家へ確認する判断は誰がするのか。

期限のある請求や通知を誰が管理するのか。

このあたりが整理されていれば、理事長本人で解決できなくても、管理組合は止まりません。

理事長の仕事を増やすことが目的ではありません。

むしろ逆です。

理事長が頑張らなくても平常時は回り、何か起きたときだけ必要な意思決定ができる。

そういう管理体制が、管理組合の安定した運営を長く続けます。

「何もしない理事長」が問題なのではありません。

問題なのは、

誰かが判断しなければならない場面なのに、そのための仕組みまで動かなくなることです。

理事長の能力や責任感に期待するのではなく、誰が理事長になっても意思決定が止まりにくい仕組みにしておく。

それが、管理組合を継続させるうえで大切なことだと私たちは考えています。

関西建物センターでは、管理会社を変更することだけを前提にするのではなく、現在の管理会社との役割分担を含めて、管理組合の意思決定がどこで止まっているのかを整理するご相談もお受けしています。

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