大規模修繕工事で必要なのは「信用できる専門家」より「説明できる決め方」である
約400戸のタワーマンションで、5年前から整えておくべき管理体制
「施工会社だけに任せると、手抜き工事をされるのではないか」
「設計コンサルタントを入れても、施工会社と癒着している可能性がある」
「それなら管理会社に任せればよいのか。しかし、管理会社も特定の会社とつながっているのではないか」
大規模修繕工事を検討する管理組合では、このような疑問が出てきます。
約400戸のタワーマンションともなれば、工事金額は大きく、建物の構造や設備も複雑です。役員が自ら工法や見積金額を検証することは、現実的には困難でしょう。
そこで専門家を入れようとすると、今度は「その専門家を誰が選ぶのか」という問題が生じます。
コンサルタントを選ぶために、別のコンサルタントが必要になる。さらに、その人が適切かを確認するため、第三者の意見を求める。
これでは、専門家を増やすほど管理組合の判断が難しくなりかねません。
KTCが大規模修繕工事の検討に関わるなかで重視しているのは、絶対に信用できる専門家を探し続けることではありません。
特定の専門家を全面的に信用しなくても、管理組合が検討を進められる体制をつくることです。
1.施工会社への不信から、設計コンサルタントが求められた
かつての大規模修繕工事では、施工会社が建物を調査し、工事内容を提案し、そのまま施工する責任施工方式が多く採用されていました。
この方式には、窓口が一つで分かりやすく、設計と施工の連携も取りやすいという利点があります。
一方で、工事を受注する施工会社自身が、
- どこを直すのか
- どのような仕様にするのか
- いくらかかるのか
を提案します。
工事範囲を広げれば施工会社の売上が増える構造である以上、管理組合側には提案内容を確認する機能が必要です。また、完成後には見えなくなる下地処理などについて、工事監理が不十分であれば、管理組合が施工品質を判断するのは難しくなります。
こうした問題を補うため、施工会社とは別に設計コンサルタントを置き、劣化診断、設計、施工会社選定、工事監理を担当させる設計監理方式が広がりました。
ところが、設計コンサルタントが特定の施工会社から不適切な利益を受けるなど、管理組合との利益相反が疑われる事例が問題になりました。
国土交通省も、大規模修繕工事の発注では、事業者選定に関する意思決定の透明性と利益相反に注意する必要があると明示しています。つまり、コンサルタントを入れれば自動的に公正な発注になるわけではありません。
2.問題は、制度の不足だけでなく「管理組合が決められないこと」にある
コンサルタントと施工会社の癒着を防ぐため、利害関係の申告、複数社からの見積取得、選定過程の記録などを求めることは必要です。
これは、発注制度や契約に関する問題です。
しかし、実際の管理組合で起きているのは、それだけではありません。
現場では、次のようなところで検討が滞ります。
- コンサルタントの見積書ごとに業務範囲が異なり、比較できない
- 設計監理方式と責任施工方式の違いを役員が説明できない
- 修繕委員会と理事会のどちらが主導するのか明確でない(理事会に遠慮する、修繕委員会の言いなりなど)
- 技術的な判断と、管理組合としての方針決定が混同されている
- 反対意見をどう扱うか決めておらず、議論が感情的になる
- 役員が交代すると、それまでの検討経緯が分からなくなる
- 工事時期だけが先に決まり、建物の状態や資金計画の検証が後回しになる
これは法令を整備するだけでは解決しない、管理組合の運営上の問題です。
国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインも、マンションには、区分所有者間の価値観の違い、意思決定の難しさ、権利関係の複雑さ、技術判断の難しさがあることを前提にしています。長期修繕計画は、単なる工事予定表ではなく、管理組合内で合意形成を行うための資料として位置づけられています。
つまり、大規模修繕工事の問題は、建築の専門知識だけでは解けません。
専門家の説明を、管理組合の意思決定に変換する仕組みが必要なのです。
3.KTCの実務で起きたのは「どちらを選んでも不安」という状態だった
KTCが関わった大規模マンションでも、以前の大規模修繕工事に対して、区分所有者の一部から「前回のコンサルタントは十分に機能しなかった」という意見が出ていました。
そのため、次回はコンサルタントを入れず、施工会社に責任施工で任せた方がよいという意見が強くなっていました。
この意見は、単なる専門家嫌いではありません。
前回の経験から、
「コンサルタント費用を支払っても、結局は施工会社との関係を見抜けないのではないか」
「責任の所在が分散し、問題が起きても設計者と施工会社が責任を押しつけ合うのではないか」
という不信が生じていたのです。
一方で、責任施工方式に戻せば、施工会社が提案した工事範囲や金額を誰が確認するのかという問題が残ります。
さらに、長期修繕計画には実施予定年が記載されていても、その時点で建物の劣化状況が十分に検証されていないことがあります。修繕積立金が不足する可能性もあり、実施時期、工事範囲、資金調達を同時に考えなければなりません。
この状況で、
「コンサルタントを入れるべきか」
「責任施工にするべきか」
という二択から議論を始めると、過去の不満と将来への不安がぶつかり、結論が出なくなります。
KTCが最初に整理すべきだと考えたのは、これらの方式ではなく、次の三つでした。
- 現在の建物がどのような状態にあるのか
- 管理組合は今回、何をどこまで決める必要があるのか
- それぞれの判断を、誰にどの範囲まで支援してもらうのか
最初から工事方式を決めるのではなく、判断を分解してから専門家の使い方を決めるという順序です。
4.「癒着していない会社」を探すだけでは、問題は解決しない
コンサルタント選定の際に、
「施工会社との癒着はありませんか」
と質問するだけでは、十分とはいえません。
不適切な関係があれば、正直に回答されるとは限らないからです。
また、施工会社との取引実績があること自体が、直ちに不正を意味するわけでもありません。継続的な取引によって、技術的な連携が取りやすくなることもあります。
重要なのは、関係の有無だけではなく、その関係が管理組合の判断にどのような影響を与えるのかです。
例えば、次の点を確認します。
- 推薦する施工会社から報酬や紹介料を受けることがあるか
- 過去にどの施工会社と何件程度仕事をしたか
- 施工会社の募集条件を誰が作成するか
- 見積参加会社を誰がどのように選ぶか
- 応募した会社を除外する場合、理由を文書で示すか
- 見積書の開封、比較、評価を誰がどのように行うか
- 施工会社決定後に、コンサルタントの報酬が変動するか
- 工事中の追加工事を誰が査定するか
これらを確認しても、不正を完全に防げるわけではありません。
しかし、少なくとも、一人(一社)の専門家が、調査、仕様作成、施工会社の推薦、見積評価、工事監理、追加工事の承認まで、すべてを事実上決める状態は避けられます。
KTCが重視するのは、専門家の人格を審査することよりも、一人(一社)に判断権限が集中しない構造をつくることです。
5.管理会社は中立ではない。それでも果たすべき役割がある
ここで、「管理会社が良きパートナーになるべきだ」という結論にも注意が必要です。
管理会社も、自社の工事部門を持っている場合があります。特定の設計事務所や施工会社と継続的な取引関係がある場合もあります。
管理会社が紹介した会社が受注すれば、紹介料や工事管理料などの利益を得る仕組みになっていることも考えられます。
したがって、管理会社だから管理組合側に立っているとは限りません。
大手管理会社には、多数の事例、技術部門、組織的な対応力がある一方、自社グループ内で設計や施工を受注する構造がある場合には、発注の透明性をどう確保するかが課題になります。
中小管理会社は、個別事情に応じて柔軟に対応しやすい反面、技術者や類似事例が少なく、一部の協力会社に依存することがあります。
これは大手と中小の優劣ではなく、構造の違いです。
KTCが考える管理会社の役割は、自社がすべての答えを出すことではありません。
- 管理組合が決める事項と、専門家に判断を求める事項を分ける
- 複数の方式を同じ条件で比較できる状態を作る
- コンサルタントの業務範囲をわかりやすいように見える化する
- 反対意見を排除せず、論点として整理する
- 検討経緯を次の役員へ引き継げる形で残す
- 自社と候補会社との関係を管理組合に開示する
- 必要な部分だけ別の専門家による確認を提案する
ことです。
管理会社が良きパートナーかどうかは、特定の専門家を紹介できるかではなく、自社の提案も含めて、管理組合が検証できる状態をつくれるかによって判断すべきです。
6.設計監理か責任施工かという二択にしない
大規模修繕工事の進め方には、それぞれ長所と限界があります。
設計監理方式では、設計と施工を分けることで施工会社を比較しやすくなります。ただし、コンサルタントの選定と監督が必要です。
責任施工方式では、設計と施工の窓口を一本化できます。ただし、施工会社が提案した工事内容や金額を別の立場から確認する仕組みが必要です。
管理会社主導方式では、役員の事務負担を軽減できる可能性があります。ただし、管理会社と設計者、施工会社との関係を明確にする必要があります。
また、すべてを一つの方式で進める必要もありません。
例えば、
- 初期の劣化診断だけを独立した設計事務所に依頼する
- 基本方針を決めた後で、設計監理方式と責任施工方式を比較する
- 責任施工方式を採用し、重要な仕様と見積金額だけ第三者に確認してもらう
- コンサルタントの選定段階だけマンション管理士や建築士に助言を求める
- 工事監理の一部を別の技術者に確認してもらう
という組み合わせも考えられます。
専門家を増やせば安全になるとも限りません。費用が増え、責任関係が不明確になり、意見調整に時間がかかることもあります。
大切なのは、方式の名称ではなく、
誰が提案し、誰が決め、誰が確認し、誰がその結果によって利益を得るのか
を明確にすることです。
7.5年前の今、管理組合が確認すべきこと
今の段階は、管理組合内の検討体制を整えることが最優先です。
まず、次の点を確認してください。
建物と資金について
- 長期修繕計画の実施予定年は、実際の劣化状況に基づいているか
- タワーマンション特有の仮設、揚重、ゴンドラ、設備工事などが計画に反映されているか
- 工事費が上昇した場合でも、修繕積立金で対応できるか
- 今回実施する工事と、次回へ送る工事を分けられるか
意思決定について
- 修繕委員会、理事会、総会の役割は明確か
- 技術的な評価と、予算や優先順位の決定を分けているか
- 反対意見をどのように記録し、検討するか
- 役員が交代しても検討を継続できる資料があるか
専門家との関係について
- コンサルタントに依頼する業務範囲を管理組合側で整理しているか
- 管理会社、設計者、施工会社の利害関係を開示させるか
- 一人(一社)に調査、設計、推薦、評価、監理が集中しすぎていないか
- 重要な判断だけを別の専門家に確認する方法はあるか
国土交通省の実態調査では、工事金額だけでなく、設計コンサルタントの業務内容や業務量も整理されています。見積書を単純に高い、安いで判断せず、同規模マンションの事例と比較する材料として利用できます。
専門家に任せることが問題なのではありません。
問題なのは、管理組合が「何を任せたのか」「何を自分たちで決めたのか」を説明できなくなることです。
理事長が建築の専門家になる必要はありません。理事長一人が不正を見抜き、住民を説得し、工事の責任まで背負うべきでもありません。
必要なのは、理事長が交代しても検討が続き、専門家が変わっても判断基準が残り、数年後に区分所有者から質問されても経緯を説明できる管理体制です。
KTCは、大規模修繕工事そのものを管理会社の都合で進めるのではなく、管理組合がどのような手順で調べ、比較し、決め、記録を残すかという検討体制づくりを支援しています。

