理事長が孤独になる理由
マンションの理事長を、最初から積極的にやりたいという人は、それほど多くありません。
「誰もやる人がいないから」
「順番だから仕方がない」
「一年だけなら」
そんな事情で、理事長を引き受ける方も少なくありません。
ところが、理事長になってみると、区分所有者として暮らしていたときには見えなかった問題が、次々と目に入ってきます。
この契約は、なぜこの金額なのか。
この工事は、本当に今必要なのか。
この業者とは、なぜ長年契約しているのか。
なぜ、このような管理方法になっているのか。
そこで、一番身近な管理会社の担当者に尋ねます。
すると、
「以前からこのやり方です」
「管理規約で決まっています」
「過去の総会で承認されています」
という説明が返ってくる。
説明として間違っているわけではないのでしょう。
しかし、理事長が知りたいのは、そこではありません。
「決まっていることは分かった。なぜ、その判断になったのか」
「他にどんな選択肢があったのか」
「今の状況でも、その判断を続ける必要があるのか」
過去の役員や管理会社を責めたいわけではありません。
これから自分たちのマンションを少しでも良くするために、まず自分自身が理解しておきたい。
多くの理事長の孤独は、こうした真面目な疑問から始まります。
1.理事長が求めているのは「答え」ではなく「判断の経緯」
マンション管理では、「何が決まったか」は比較的残っています。
総会議事録を見れば、工事を実施したことは分かる。
契約書を見れば、どの会社に何を委託しているかも分かる。
管理規約を読めば、ルールも書いてあります。
ところが、
「なぜ、その結論になったのか」
は、意外なほど残っていません。
例えば、ある設備を更新した記録は残っていても、
修理という選択肢は検討したのか。
複数社から見積もりを取ったのか。
価格以外に何を重視したのか。
そこまで記録されているとは限りません。
KTCが管理組合の相談を受けたときも、まず確認するのは「現在の結論が正しいか」ではありません。
その結論に至る判断材料が、管理組合の中に残っているか。
ここを確認します。
なぜなら、判断過程が残っていなければ、新しい理事長は過去の問題を一から調べ直さなければならないからです。
そして、それを毎年繰り返していれば、管理組合はいつまでも同じところを回り続けます。
2.外で学び始めた理事長ほど、孤独になりやすい
管理会社から十分な説明を得られないと、理事長は自分で調べ始めます。
マンション管理のセミナーへ行く。
マンション管理士に相談する。
他マンションの理事長の話を聞く。
書籍や行政資料を読む。
そこで、初めて知ることがあります。
「他のマンションでは、こんな方法を取っているのか」
「この契約は見直せるのか」
「管理会社に任せる以外の方法もあるのか」
特に、自分のマンションとの違いに大きなショックを受けた理事長ほど、熱心に勉強する傾向にあります。
そして、知識は増えていきます。
ここまでは、決して悪いことではありません。
問題は、その知識が管理組合全体には共有されないことです。
理事長は何時間も勉強している。
一方、他の役員は、ほぼ月に一度の理事会に出席するだけです。
すると、同じ資料を見ても見えているものが異なってきます。
理事長には、「このまま放置すれば数年後に問題になる」と見えている。
他の役員には、「今、困っていないのだから急ぐ必要はない」と見えている。
どちらか一方が間違っているわけでもありません。
見ている時間軸と、持っている情報量が違うだけです。
しかし、その違いが整理されないまま議論すると、
「なぜ分かってもらえないのか」という理事長と、
「なぜ理事長だけがそこまでこだわるのか」という役員に分かれていきます。
ここから孤独が始まります。
3.「勉強している理事長が正しい」とも限らない
ここは、管理会社としては少し言いにくい部分になります。
しかし、KTCでは重要な点と考えていますので、敢えて申し上げます。
勉強している理事長の判断が、常に正しいわけではありません。
セミナーでは、うまくいった事例が紹介されます。
しかし、その事例が自分のマンションにもそのまま当てはまるとは限りません。
100戸のマンションで有効な方法が、15戸のマンションでは費用負担に耐えられないことがあります。
役員が豊富なマンションで成立する仕組みが、高齢化して役員のなり手が少ないマンションでは続かないこともあります。
また、外部の専門家から見れば合理的でも、住民間の人間関係まで考えると、一気に進めない方がよい場合もあります。
KTCが現場で重視するのは、「その理事長の意見が正しいか」ではありません。
その案を実施した場合、
費用は誰が負担するのか。
誰が実務を担うのか。
次の役員でも続けられるのか。
反対する人には、どのような不利益があるのか。
今決める必要があるのか。
それらを含めて考えます。
理事長の知識をそのまま管理組合の結論にするのではなく、知識を管理組合が判断できる材料に変換する作業が必要なのです。
4.管理会社の問題と、管理組合の仕組みの問題
もちろん、管理会社側に問題があるケースもあります。
質問しても説明がない。
変更を嫌がる。
過去から続いているという理由だけで現状維持を勧める。
そうした対応が続けば、理事長が管理会社に不信感を持つのは無理もありません。
ただし、ここで一度整理しておく必要があります。
管理会社担当者が説明できない理由には、少なくとも三つあります。
- 担当者の説明能力や姿勢の問題
- 管理委託契約の業務範囲の問題
- 管理組合側に過去の判断記録が残っていない問題
例えば10年前の工事について尋ねられても、当時の担当者が退職し、議事録にも詳しい経緯が書かれていなければ、現在の担当者には説明できません。
それをすべて「管理会社が説明してくれない」という問題にしてしまうと、本質を見誤ります。
反対に、
契約に書いていないから説明する必要はない、という管理会社の姿勢でも、管理組合運営はうまくいきません。
制度上・契約上の責任と、実際の管理組合運営に必要な支援は、必ずしも同じではないからです。
だからこそKTCでは、管理会社に何を任せるのかと同時に、
管理組合自身が何を記録し、何を判断する組織なのか
を明確にする必要があると考えています。
5.理事長には「サポート」と「ガード」の両方が必要
KTCでは、理事長には「サポート」と「ガード」が必要だと考えています。
サポートとは、理事長の仕事を全部代行することではありません。
現在の状況を整理する。
過去に何が決められたかを確認する。
選択肢を並べる。
メリットとデメリットを整理する。
今決めるべきことと、まだ決めなくてもよいことを分ける。
こうして、理事会が判断できる状態をつくることです。
一方、ガードとは、理事長一人に責任が集中しないようにすることです。
実際、熱心な理事長ほど、
自分がやらなければ進まない、という状態になりやすい。
そこで、
業者を自分で探す。
見積もりを自分で集める。
資料を自分で作る。
住民への説明も自分でする。
反対者への対応まで自分で行う。
確かに、その理事長がいる間は物事が進みます。
しかし、KTCではこの状態を必ずしも成功とは考えていません。
その人が辞めた瞬間に止まるからです。
理事長が優秀であることと、管理組合が強いことは同じではありません。
むしろ、
「あの理事長がいないと何も分からない」
という状態になってしまえば、理事長への依存はさらに強くなります。
KTCがいう「ガード」とは、理事長の行動を止めることではありません。
理事長の善意や能力が、個人依存に変わらないようにすることです。
6.孤独をなくすのではなく、孤独でも暴走しない仕組みをつくる
理事長の孤独を完全になくすことは、おそらくできません。
最終的に責任を感じる立場に立てば、他の役員とは見える景色が違います。
勉強すればするほど、危機感にも差が出ます。
そのため「皆が同じ熱量になれば解決する」という前提は現実的ではありません。
必要なのは、全員を理事長と同じ知識量にすることではありません。
例えば、理事会に出す資料を、
- 現状
- 問題点
- 選択肢
- 費用
- メリット
- デメリット
- 今回決めること
という形で整理する。
決定後には、「何を決めたか」だけではなく、「なぜ、その選択肢を選んだか」を短く残す。
こうしておけば、次の役員が同じ問題をゼロから勉強する必要はありません。
これは単なる議事録作成ではありません。
管理組合の意思決定コストを下げる仕組みです。
KTCが目指しているのは、理事長にもっと頑張ってもらうことではありません。
管理会社にすべて任せてもらうことでもありません。
専門知識を持つ人、持たない人。
積極的な人、そうでない人。
毎年変わる役員。
そうした人たちが混在していても、最低限の判断ができる管理体制をつくることです。
7.「自分しか分かっていない」と感じたら確認してほしいこと
もし現在、
「自分しか問題を理解していない」
「理事会で何度説明しても同じ議論になる」
「管理会社に相談しても話が前に進まない」
と感じているのであれば、いきなり管理会社を変更したり、一人でさらに勉強したりする前に、次の点を確認してみてください。
- 過去の判断理由は残っているか。
- 現在の問題と、将来起こりそうな問題は分けて説明されているか。
- 複数の選択肢と、それぞれのメリット・デメリットが整理されているか。
- 理事長以外の役員でも理解できる資料になっているか。
そして最後に、
今の理事長が辞めても、この管理は続けられるか。
ここまで確認すると、問題が理事長個人にあるのか、管理会社にあるのか、それとも管理組合の運営方法そのものにあるのかが見えやすくなります。
理事長の孤独は、本人の性格や能力だけから生まれるものではありません。
知識、責任、判断が一人に集中する管理体制から生まれることがあります。
必要なのは、「もっと頑張ること」でも、「全部任せること」でもありません。
誰か一人が頑張らなくても、考え、決め、引き継げる仕組みをつくることです。
KTCでは、管理会社を変更するかどうかを含め、まず現在の管理体制そのものを整理するところからご相談をお受けしています。


